2026/5/19
一度離れた経験が教えてくれたこと 京都中部総合医療センター 増谷照代看護部長が考える「働き続けられる病院」

京都府南丹医療圏の中核を担う京都中部総合医療センター。
急性期から在宅、災害医療までを担うこの病院で、看護部を率いるのが増谷照代看護部長だ。
現在は管理職として組織づくりに向き合う立場にあるが、その歩みは決して一直線ではなかった。結婚による退職、5年間のブランク、そして復職。その経験が、いまの組織運営の根底にある。

看護師という選択
京都府京丹波町で生まれ育った増谷看護部長は、高校まで看護師を目指していたわけではなかった。転機は母親の病気だったという。
訪問看護の現場で、患者に寄り添う看護師の姿を見た。そのとき初めて、看護という仕事を現実のものとして意識した。
人のために役に立つ仕事がしたい。その思いから滋賀県の総合保健専門学校へ進学し、卒業後は循環器内科、神経内科で2年間勤務した。
しかし結婚を機に退職する。
当時は、看護をやめるというよりも、人生の流れの中での選択だった。
その後、離婚を経験し、再び働く必要が生じたとき、強く実感したことがあった。
「資格を取っていてよかったと、本当に思いました」
ブランクの先で見えたもの
5年のブランクを経て、個人病院で復職。子育てとの両立を考えれば、現実的な選択だった。
ただ、働く中で自問するようになる。
このままでいいのだろうか。
安定はしている。しかし、自分は成長できているのか。医療は進歩しているのに、自分は追いついているのか。
「このままでは成長できないと、自分で自分に問いかけました」
その問いに向き合い、より高度な医療環境を求めて京都中部総合医療センターへ転職する。
現場で経験を重ね、師長、副看護部長を経て、令和6年に看護部長に就任した。
振り返れば、特別なことをしてきたという感覚はないという。
「ひたすら、患者さんのために何ができるかを考えてきただけなんです」
定着の課題と向き合う
看護部長として直面するのは、全国共通の課題でもある人材確保と定着だ。
京都市内への人材流出、若手の早期離職。現実は厳しい。
京都中部総合医療センターには院内保育所たんぽぽがあり、部分休業制度や子どもの看護休暇など、子育て支援制度も整っている。
しかし増谷看護部長は言う。
「制度があるだけでは、人は続きません」
重要なのは職場環境、とくに心理的安全性だ。
若手が離職する背景には、リアリティショックだけでなく、安心して意見を言えない環境がある。
「上が変わらなければ、若い子は育たない」
その考えのもと、管理者向けの研修を実施し、世代間の相互理解が進むよう努めている。接遇や倫理観を、まず管理職が体現する。組織文化は、上の姿勢で決まるという考えだ。
看護の本質に立ち返る
もう一つの課題は、業務過多だ。
日々の業務に追われる中で、看護師がやりがいを感じにくくなっている。
「業務に追われているだけでは、看護のやりがいは生まれません」
そこで進めているのが看護DXによる業務効率化だ。
目指すのは、患者に向き合う時間を確保すること。
京都中部総合医療センターには認定看護師や特定看護師が在籍している。キャリアアップの道もある。
「一人ひとりが、こんな看護師になりたいと描ける組織にしたい」
かつて自分が問い続けた“成長できているか”という感覚を、次の世代にも持ってほしいという思いがある。

働き続けられることの意味
京都中部総合医療センターは南丹医療圏における急性期の中核病院であり、災害拠点病院でもある。地域医療を守る責任は重い。
働き続けられる環境づくりは、人材確保のための施策ではない。
地域医療を持続させるための基盤だ。
一度現場を離れた経験があるからこそ、続けられなくなる理由も理解できる。
だからこそ、続けられる環境をつくりたい。
増谷照代看護部長の歩みは、組織づくりの理念ではなく、経験から導かれた実感に基づいている。
その実感が、京都中部総合医療センターの未来を支えている。

京都中部総合医療センター
増谷照代


