2025/12/29
34歳で看護師になった看護部長が語る、「縛らない看護」と揖保川病院の未来

兵庫県たつの市にある揖保川病院。その看護部を率いる池上看護部長は、66歳。看護師として歩み始めたのは、なんと34歳のときだった。
一般企業から栄養士へ、そして看護師へ。異色のキャリアを歩んできた池上氏が語る「看護の原点」とは何なのか。そして、人口減少の進む地域で、認知症ケアに強い病院をどうつくってきたのか。話を聞くうちに、その変わらない信念と、仲間を信じる姿勢が見えてきた。
「患者さんにふれる仕事をしたい」30代での決断
池上氏が最初に就いた仕事は、松下電工の家電部門だった。
当時は創業者の松下幸之助氏が存命で、「人に奉仕する」という考えが職場に強く根付いていた。役職や性別に関係なく皆で掃除をし、顧客第一の姿勢を徹底する。働くとはどういうことかを学んだのは、この頃だという。
結婚、出産、離婚を経て、子どもを育てるために病院の栄養士として働き始めたのは28歳のとき。
そこで出会った看護部長のひと言が、池上氏の人生を変える。
「あなた、看護師になったら?」
患者の生活や体調に寄り添う看護師の姿は、以前から「いい仕事だな」と感じていた。栄養士として患者に関わるなかで、「もっと直接的に支えたい」という思いが大きくなっていた。
子育てをしながら準看護学校と看護学校の計4年間を駆け抜け、34歳で看護師免許を取得した。
「看護は、人の表情や気持ちの変化に触れられる仕事。そこに惹かれました。」
そう語る池上氏は、看護の世界に迷いなく飛び込んでいった。
最初に取り組んだのは「身体拘束ゼロ」
看護師デビューは大学病院の小児科とNICU。
その後、2000年の介護保険スタートを機にケアマネージャー資格も取得する。看護師としてのスタートが遅かった分、一般企業で働いた経験や人生経験が、組織を見る目を養っていた。
転機となったのは、病院を立て直したいと語る院長との出会いだ。声をかけられ、民間病院に副看護部長として移ったが、着任から1か月も経たずに看護部長を任される。
そこで掲げたのが「身体拘束ゼロ」だった。
当時は「本当にできるのか」「安全をどう担保するのか」といった声も多かった。時には「そんなの無理だ」という不安混じりの反発もあったという。
しかし、病院の移転を機に、職員全員で身体拘束に関する知識を学び、ケアの在り方を見直した。
「少しずつ成功体験が出てくると、スタッフの表情が変わるんです。患者さんの様子もご家族の安心も変わっていきます。」
「縛らない看護」が現場に根づいていく過程で、池上氏は確信する。
知識と技術を積み重ね、自信を持ってケアに向き合えば、医療は変えられる。
55歳で地元に戻り、再び病院へ
大分県で21年間働き、55歳で地元・兵庫県に戻る。元気なうちに帰らないと、という思いが後押しした。
兵庫県看護協会で教育担当の常務理事を務めていた頃、研修にやってきた揖保川病院の副看護部長と出会う。その病院は、池上氏が子どもの頃に住んでいた地域にあった。
揖保川病院の院長と再会すると、実は小学校の同級生だったことが分かる。
そんな偶然もあり、揖保川病院に迎えられることになった。
歴史ある理念に惚れ込み、そのまま使うことにした

揖保川病院看護部には「やさしいまなざし よりそう心で その人らしさを ささえます」という理念がある。
「優しさは、知識と技術があってこそ発揮できるもの。寄り添うには、自分にも一定の厳しさが必要です。」
理念は時代が変わっても通用すると感じ、看護部もそのまま受け継ぐことにした。
自己研鑽を続け、信頼される人であること。
仲間を大切にし、互いに支え合うこと。
池上氏が重視してきた価値観と、病院の理念は自然と重なっていった。
人材確保は「知ってもらう」ことから
揖保川病院は姫路から25キロほど離れ、人口減少の影響もあって、若い看護師が集まりにくい。だからこそ「まずは病院を知ってもらう」ことに力を入れる。
求人広告だけでなく、Instagramの運用、看護学校での授業、夏休みの高校生インターンなど、病院の取り組みや雰囲気を見てもらう機会を増やしてきた。
「一度来てもらうと、『働きやすい』『雰囲気がいい』と言ってもらえることが多いんです。」
無理なく取り組める教育や目標管理があるため、職員が友人を紹介してくれることも増えてきたという。
「続けられる職場」にするために
定着の鍵は、働き方と教育の“無理のなさ”だ。
揖保川病院には六つの病棟があり、経験や適性、本人の希望を考慮して配属を調整する。合わなければ、別の病棟に一定期間移って経験できる仕組みもある。
院内保育園や夏の学童保育があり、子育て中の看護師も働き続けやすい。
短時間勤務、週一勤務、ダブルワークと、家庭の事情に合わせた働き方も受け入れている。
「事情のある方でも、できるだけ続けられるようにしたいんです。」
認知症ケアの専門性で存在感を高める
揖保川病院の強みは、認知症ケアにある。
320床のうち約100床が認知症のある患者で占められており、専門性の高さが求められる。
5〜6年前から「認知症ケア専門士」の資格取得を支援し、現在33名が資格を持つ。他院では対応が難しいと言われた患者が、ここで落ち着いていくこともあるという。
「精神科医療は、何もしなければ昔の体制に戻りがちです。だからこそ、今ある仕組みを維持し、少しずつ発展させることが大切だと思っています。」

次の世代が「どこでも働ける」ように
池上氏が長年意識してきたテーマがある。
「エンプロイアビリティ。どこに行っても働き続けられる力です。」
人口減少が進み、医療機関の再編や病床数の変化がありうる時代。
だからこそ、一緒に働く仲間がどんな場所でも必要とされ、力を発揮できるようにしたい。
教育や目標管理、働き方の工夫は、そのための「未来の投資」でもある。
34歳で看護師になり、66歳となった今もなお、池上看護部長は次の世代に目を向け続けている。
揖保川病院の看護を支えるだけでなく、地域の医療の未来を形づくる視点を持ち続けている。

揖保川病院
池上京子


